向田邦子 ベスト・エッセイが面白すぎて、戦争、食とを軸に書き続けてきましたが、
今回は向田邦子の人生がわかるエッセイを集めてみました!
これでシリーズも最後になります。
なお、向田邦子先生の敬称は以下省略させていただき、場合によっては邦子と記載させていただきます。
↓以下、これまでの感想たち
・「向田邦子ベスト・エッセイ」を読んで No.1 戦争
https://kumafukublog.com/20240125-2/
・「向田邦子 ベスト・エッセイ」を読んで No.2 食
https://kumafukublog.com/20240201-book/
丁半
向田邦子が幼少の頃、父が麻雀にハマったというエピソードから始まります。
何やかやあるのですが、母は決して勝負ごとをしなかったそうです。
そのことについて、邦子はこう分析します。
(前略)母は賭けごとをしなくてもよかったのではないかと思う。
向田邦子 ベスト・エッセイ「丁半」より
麻雀やトランプをしなくても、母にとっては、毎日が小さな博打だったのではないか。
見合い結婚。
海のものとも山のものとも判らない男と一緒に暮す。その男の子供を産む。
その男の母親に仕え、その人の死に水をとる。
どれを取っても、大博打である。
昭和の家長制度が健在だった時代に女として生まれ育った邦子は、女性の一生を丁半博打に例えます。
自身の決定権が極端に少ないこと、良し悪しのコントロールが効かないことを博打に例えたことの巧さにまず驚きますが、ギャンブルと並べられるそこはかとない嫌悪感が後味を悪くします。
きっとそこまでが折り込み済みの表現なのでしょう。
今は五分五分かも知れないが、昔の女は肩をならべる男次第で、女の一生が定まってしまった。
向田邦子 ベスト・エッセイ「丁半」より
丁か半か。
向田邦子 ベスト・エッセイ「丁半」より
女は毎日小さく賭け、目に見えないサイコロを振っているような気がする。
以前、安住紳一郎アナウンサーがパーソナリティーをしているラジオ番組にキャシー中島さんがゲスト出演していた際、女性は素敵な男の人と結婚することが1番大事なの、というようなことを繰り返し言っていたことを思い出しました。
それだけじゃないでしょう、と私には全く響きませんでしたが、改めてエッセイを読み直した時にここと符号しました。
他のエッセイでも自分が独り身であることを恥じるようなことが度々書かれています。
誰と結婚するかで女の一生は決まる、ということも度々書かれています。
このような女性の生き方をどう思っていたか、簡潔に言い表すことのできない底の暗さと理不尽さがあります。
これが世間だった頃から2024年に続いてるのか。このエッセイを読む度にため息が出ます。
ヒコーキ
向田邦子は飛行機事故で亡くなっています。
ですが、その飛行機についてのエッセイもあったんです。
しかも好きじゃないどころか怖くて仕方ないというような…
ここでも言葉選びの巧みさがすごいのですが、嫌いとか怖いという直接的な表現はありません。
まわりを見廻すと、みなさん平気な顔で坐っているが、あれもウサン臭い。本当に平気なのか、こんなものはタクシーと同じに乗りなれておりますというようよそゆきの顔なのか。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ヒコーキ」より
とにかく不安で周りをキョロキョロしてたんだろうな、という情景がありありと浮かんできます。
それでも怖いと言わない書かないところが、気の強さというか意地なのか面白みもあります。
また、胸がザワっとするような記述もあります。
(前略)母は何度か飛行機に乗っているが、飛行機は大好きだという。理由は落ちると、飛行機会社でお葬式をして下さるからだそうだ。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ヒコーキ」より
スパイス効きまくりでさすが向田邦子の母!というようなブラックジョークめいたエピソードですが、これを書いた後に…という思いが私の頭の中をぐるんぐるんしてしばらく読み進められませんでした。
予兆じゃないですけど、これしんどいですよね。
最期の瞬間に思わず思いを馳せてしまいます。
ところが、このエッセイの締めなんですけど、急に笑わせてくるんですよね。
重たく不安な気持ちを駆り立ててくることで終始しないところがまた本当にすごいと思います。
気になった方はぜひ読んでみてほしいです!
手袋をさがす
これはまさに、人生のターニングポイントを書いたお話です。
ある出来事がきっかけで、当時邦子が働いていた会社の上司から諌めるように言われます。
「男ならいい。だが女はいけない。そんなことでは女の幸せを取り逃すよ」
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
今の時代ならセクハラでモラハラで時代錯誤で何様!?!?って感じの言葉ですが(実際そう思って初読ではああああ!?となった笑)、戦後まもなくという時代を考えるとまぁ分からなくもない言葉です。
素直にハイ、という気持と、そういえない気持がありました。その晩、私は電車にのらず、自分の気持に納得がゆく答が出るまで自分のうちに向ってどこまでも歩いてみようと決めました。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
どの時代だってやっぱりこんなこと言われたら素直に納得できないよね!と安心したのですが、じゃあ何だったら納得できるのか、納得できるまで電車にも乗らず会社から家まで歩きながらとことん考えようじゃない、となるところがやっぱりすごい!となりました。
会社は四ツ谷で、当時の住まいは久我山だったそうです。集中して考えられそうだけどめっちゃ遠いし、この時は真冬とのこと。すごすぎる…
そのまま子供時代にまで遡って自分というものを振り返ります。
恵まれた環境で育ってきて、今だって小さいながらも環境の整った仕事場で働き社長夫妻にも可愛がられている邦子。しかし、子供の頃から贅沢で共栄心が強く、高望みをやめられないどころか密かに自慢してきたところがあったと思い返すのです。
(前略)私は毎日が本当にたのしくありませんでした。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
私は何をしたいのか。
私は何に向いているのか。
なにをどうしたらいいのか、どうしたらさしあたって不満は消えるのか、それさえもはっきりしないままに、ただ漠然と、今のままではいやだ、何かしっくりしない、と身に過ぎる見果てぬ夢と、爪先き立ちしてもなお手のとどかない現実に腹を立てていたのです。
この悩みは恐らく多くの方に当てはまるのではないでしょうか。
私には真っ直ぐ図星でした。
向田邦子という人ですら、若い頃には同じように悩んでいたんだなと興味深かったです。
この頃の向田邦子は22歳くらいの頃だったと回顧しています。
そして、抜群にかっこいいのはここからです。
しかし、結局のところ私は、このままゆこう。そう決めたのです。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
ないものねだりの高のぞみが私のイヤな性格なら、とことん、そのイヤなところとつきあってみよう。そう決めたのです。二つ三つの頃からはたちを過ぎるその当時まで、親や先生たちにも注意され、多少は自分でも変えようとしてみたにもかかわらず変わらないのは、それこそ死に至る病ではないだろうか。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
潔くて痛快ですよね。
今ここで妥協したところで不満は止まず今の現実を受け入れることは決してできない、とキッパリ結論づけることが自分にはできるだろうかと置き換えて考えてもも無理だわぁ、となよなよしてしまいます。
もう少しこう上手く擬態できるくらいにはーとか色々付け足しちゃって保険をかけてしまいそうなところですが、彼女はそういうことを一切しません。
そして自分の高望みや欲望のために邁進し、私たちが知る向田邦子へと変貌していきます。
結果としては、あのときの上司の忠告は裏目に出たようです。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
考えてみると、あの上司のことばは、今の私を予言していたことになります。
四十を半ば過ぎたというのに結婚もせず、テレビドラマ作家という安定性のない虚業についている私です。
しかも、今なお、これでよし、という満足はなく、もっとどこかに面白いことがあるんじゃないだろうか、私には、もっと別の、なにかがあるのではないだろうか、と、あきらめ悪くジタバタしているのですから。
どこか悔やんでいるような、勝ち誇っているような、色んな感情が混ざっているところに逡巡や迷いは何もなかったという訳ではなさそうですが、私にはものすごく素敵な日々を送っているような羨ましい気持ちになります。
このエッセイを書いている当時でも不満はあり、年々増す自分の嫌なところや、やってみたいこともたくさんあって、色んな思いがあったようです。
それでも、と続きます。
でも、たったひとつ私の財産といえるのは、いまだに「手袋をさがしている」ということなのです。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
どんな手袋がほしいのか。
それは私にも判りません。
でも、この頃、私は、この年で、まだ、合う手袋がなく、キョロキョロして、上を見たりまわりを見たりしながら、運命の神さまになるべくゴマをすらず、少しばかりけんか腰で、もう少し、欲しいものをさがして歩く、人生のバタ屋のような生き方を、少し誇りにも思っているのです。
向田邦子 ベスト・エッセイ「手袋をさがす」より
もうめっちゃくちゃかっこいい!!!
私もこんな生き方をしてみたい、と強く強く思うと同時に、若くして亡くなってしまったのが本当に惜しくなります。
もし飛行機事故に遭わずもっと長く活動なさっていたら、テレビドラマ作家から更なる転身が見られたのかもしれません。たらればですが、想像せずにはいられないのです。
おもしろかったまとめ
他にも面白かったり興味深いエッセイがたっくさんあります。
得意なことは盛大に素晴らしく、失敗したことは笑い飛ばしてくれと言わんばかりにコミカルに、真面目な話や悲しく切ないことも織り交ぜて、本当に多彩で何をどう切り取っても面白いです。
しかも収録されているエッセイ数はなんと50篇。読みごたえも抜群でした。
没後40年経ってもこんなに素晴らしいエッセイはかなり限られていると思います。
久々に私の中に衝撃の走ったエッセイ集でした!
ぜひ手に取って読んでみてほしいです。
くまふくでした🐻
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