前回に引き続き、「向田邦子 ベスト・エッセイ」について書き連ねていきます。
今回は「食」がテーマです。
向田邦子は食べることが大好きだったようで、
ベスト・エッセイの中でもなんこかセクションがあるのですが、
食べ物中心のエッセイを集めたセクションでは「食いしんぼう」と名付けられていました。
もう親近感しかない…なんて思いつつ読み進めていましたが、
こんなに面白いエッセイを何本も書き上げ世に送り出してきた方に親近感を抱くなんて、と恐れ多くなる程魅力がたっぷり詰まっておりました!
ごはん
こちらは前回の戦争を軸にした回でも登場したエッセイです。
東京大空襲を何とか生き延びた向田家のみんなが再び集まります。
さて、この後が大変で、絨毯爆撃がいわれていたこともあり、父は、この分でゆくと次は必ずやられる。最後にうまいものを食べて死のうじゃないかといい出した。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
母は取っておきの白米を釜いっぱい炊き上げた。私は埋めてあったさつまいもを掘り出し、これも取っておきのうどん粉と胡麻油で、精進揚をこしらえた。格別の闇ルートのない庶民には、これでも魂の飛ぶようなご馳走だった。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
なんと、ここで当時ではご馳走ともいえるお昼ご飯が始まるのです。
お腹いっぱい食べてから家族全員でごろ寝でお昼寝をして、束の間の幸福を味わうのです。
これが人生最後と思って囲む食卓がただ純粋に幸せだったとは思えないのですが、何とも牧歌的でほのぼのしているのです。
戦争。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
家族。
ふたつの言葉を結びつけると、私にはこの日の、みじめで滑稽な最後の昼餐が、さつまいもの天ぷらが浮かんでくるのである。
ここから話は遡り、
邦子が小学校3年生で肺を患った時のエピソードが始まります。
通院していた頃は、母がよく鰻屋へ連れて行ってくれたそうですが、鰻が好物であるはずの母はたまに肝焼きをつつく程度で、鰻丼を食べたのはいつも邦子だけだったそうです。
邦子の治療に全力を上げていた父は、長期入院に山と海への転地であったり華族顔負けの徹底ぶりで、きっと家計に余裕はなかったのだと子供ながらに悟っていたそうです。
どんなに好きなものでも、気持が晴れなければおいしくないことを教えられたのは、この鰻屋だったような気もするし、反対に、多少気持はふさいでも、おいしいものはやっぱりおいしいと思ったような気がする。どちらにしても、食べものの味と人生の味とふたつの味わいがあるということを初めて知ったということだろうか。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
同じものを食べるにしても、誰とどこでどんな状況で食べるかによっては味わいや記憶の残り方が全く違うということが誰にもあると思います。
そのことに小学校3年生で気付く聡明さたるや、後の大活躍の片鱗を見る気持ちです。
それにしても、人一倍食いしん坊で、まあ人並みにおいしいものも頂いているつもりだが、さて心に残る“ごはん”をと指を折ってみると、第一に、東京大空襲の翌日の最後の昼餐。第二が、気がねしいしい食べた鰻丼なのだから、我ながら何たる貧乏性かとおかしくなる。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
釣針の「カエリ」のように、楽しいだけではなく、甘い中に苦みがあり、しょっぱい涙の味がして、もうひとつ生き死ににかかわりのあったこのふたつの「ごはん」が、どうしても思い出にひっかかってくるのである。
向田邦子 ベスト・エッセイ「ごはん」より
私にはどうしても何かを思い出すとひっかかってくる「ごはん」はありませんし、それが欲しいというのは怖いような気もするのですが、一体どんな味なのだろうと好奇心の絶えない後ろめたい欲望がむくむくと育つ気持ちになりました。
たっぷり派
要は何でもたっぷりかけて食べたい、というお話なのですが、そのたっぷりへの思いが何だか尋常じゃない。
おそばのタレは、たっぷりとつけたい。
向田邦子 ベスト・エッセイ「たっぷり派」より
たっぷり、というよりドップリといった方がいい。
戦前の東京で生まれ育った方とは思えない、なかなか思わぬ方向に振り切ったというか開き直った感じが、なるほど!と思わずよく分からないまま相槌を打っちゃいそうな潔さです。
他にもたっぷりいきたいものがずらずらりと並ぶ訳で、
醤油、ソース、レモンとその思いが爆発しまくっています。
かけるものはたっぷりだけれど、、、と対比に披露されるエピソードもニヤニヤしてしまうようなお話で、何ともチャーミングな思わず大好きっ!と叫んじゃうようなエッセイでした。
短いお話なので、今おもしろい話がほしいって時には抜群だと思います。明るくさっぱり楽しい気持ちになりました。
沖縄胃袋旅行
これもまた、ものっっすごく食欲を掻き立てるエッセイです。
向田邦子が沖縄を訪れた際の紀行記なのですが、それはもう具体的に細かく描写されているんです。
どこで何を食べたか。
どんな順番で、どんな見た目でどんな食材が使われていて、どのような工程で作られているか。
市場で見た食材については、値段まで事細かく記されています。
料理本読んでるのかなってくらい詳しくて、ここに書き留めていつか作るつもりだったんじゃなかろうかというくらいです。
どれもこれもくうぅっとなるくらい記憶と妄想を呼び覚ましますが、以下は沖縄そばの引用です。
生のカンピョウというか、ひもかわ風。薄い黄色のしこしこした歯触りがいい。かつお節と豚肉でとった透明なスープに、カマボコと豚肉が入っている。大三百円、小は二百円。食卓にのっている唐辛子と泡盛を入れた汁(ひはつ)を少量、そばに落としてすすり込むと、あっさりした風味がおいしい。
向田邦子 ベスト・エッセイ「沖縄胃袋旅行」より
こんなのがずっと続くの、ヤバいですよね。
きっと当時は沖縄に馴染みのない人が多く、誰にでも分かりやすくなるように工夫されたものだと思うのですが、読んでると「あぁあれかー」というのが度々出てくるので自分の記憶も上乗せされてもう食べたくて食べたくて仕方なくなるんです。
琉球の伝統料理を食べることができるお店でコース料理を食べた際には、出された料理についての解説が一品ずつ全部書かれていて、文庫本で約4ページ分を割いています。
調べてみたところ今も営業なさっていて、行きたくてたまらない気持ちが富士山級に育ちます。
読み進めていると段々我慢できなくなってきて、うわあああ食べたいいいいって叫んじゃいそうな誘惑が永遠に続きます。
ページ数もベスト・エッセイの中では結構長尺な方なので、沖縄料理耐久レースになること間違いなしです。
また、向田邦子が父の転勤に伴って鹿児島に住んでいた際、父が沖縄出張のお土産で買ってきてくれた「きっぱん」というお菓子も探します。
こちらも調べてみたら今も売っているお店があり、これまた詳細に描かれた食レポのせいで写真を見た瞬間に口中ヨダレが溢れます。
実際にきっぱんと再会できたかどうか、ぜひ読んで確かめてみてください。私は近いうちにお取り寄せしようと思います!
他にもたくさんありすぎて、もはや困る
他にも食について書かれたお話はたくさんあります。
幼少期に食べたものの思い出であったり、妹と一緒に小料理屋を開いたエピソードなども盛り込まれていました。どれもこれもめっちゃくちゃ面白いです!
全体的には戦争の話がメインであったり、食以外のおもしろエピソードの方が際立っていたりなど、私の筆力では面白さを伝えきれないお話があって泣く泣く取り上げなかったお話がたくさんあります。
そのため、私の中で特に心に残った3つを選びました。
次回は、向田邦子の人生がわかるようなエッセイを中心に書いていきます。
くまふくでした🐻
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